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アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際

海外実銃レポート


アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際
コンピューターの高度化・低価格化によって、軍・警察の訓練用シミュレーターもまた低コスト化し導入例も増えているようだ。しかしこれを使って実際に何をどのように学ぶことができるのか、というのは一般的にはあまり公開されていない。今回、ライセンスを取得した一般市民や新人警察官の研修に用いられるシミュレーターを実際に体験し、講習を受けることができたのでその一部始終をご紹介したい。

※注意※
この講習の内容はアメリカではオープンにされているものである。しかし一部、日本の事情を鑑みてセンシティブな内容があったため、そうした部分については筆者の判断で伏せることとした。

講習はコロラド州の州都・デンバーのCentennial Gun Clubで行われた。バスケットボールコート2面半ほどの敷地にショップ、10レーンの屋内射撃場、そしてセミナールーム兼シミュレーターを備えている。
アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際


地域の警察官や射撃愛好家だけではなく、銃を必要とする一般市民すべてに物資と情報を提供する場となっている。また、周辺には警察官やSWATをターゲットにしたガンショップや装備品ショップが集中しており、このショップはCentennnial地域の中心となっているようだった。
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Ti Training Corp社のシミュレーターはハードウェア的にはごく一般的なホームシアターレベルのもので構成されている。
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音声は前方3ch、後方2chのスピーカーにサブウーファーのいわゆる5.1chサラウンド式、映像は液晶プロジェクターで投影している。
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シミュレーター用プロジェクター。上にレーザー受光用のセンサーが乗っている。
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シミュレーター用のガン。Next Level Training社のものが採用されていた。レーザーがでさえすれば他社のCO2でブローバック動作をするレーザーハンドガンや、カービンを使用することもできるようだ。
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トリガーを半押しするとレーザーが発光を始め、引き切ると消灯する。レーザーの光点とトレーニングガンのアイアンサイトは一致しておらず、トレーニング前にシミュレーター上で補正を行う仕組み。
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「射撃シミュレーター」という言葉から連想するのは、このようなターゲットシューティングであるが、これはシミュレーターのごくごく一面に過ぎない。シミュレーターの本分は「状況判断能力」の訓練にある。視覚だけでなく聴覚、においなど5感を使って周りの環境をうまく読み取りながら、射撃して良いのか悪いのか、撃つとすればどこか、法的に必要な手順や要件を満たしたか、その判断を的確にできるようにするのがこうしたシミュレーターを使った訓練の目的である。
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具体的な講習手順を見てみよう。インストラクターは用意されたシナリオの中から1本を選び再生する。1本あたり長くて2分程度である。シナリオの内容は知らされず、すべて画面から読み取らなければならないので、背景音や登場人物のセリフなどに注意しなければならない。
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このシナリオでは警察署が何者かに襲撃されていた。人数や侵入経路を知らされないまま署内を捜索する。負傷した警察官がいきなり物陰から出てくるので、撃たないように注意しなければならない。
アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際


物陰から飛び出してきた襲撃者を1人射殺したが、その直後、さらに飛び出してきた2人目の襲撃者から射撃を受けた。シミュレーター上の記録では、襲撃者のほうが先に射撃していたため、殉職という判定になった。

シミュレーターを使った訓練で最も大事なのはレビュ-である。なぜ撃ったのか、撃たれたのか、インストラクターとの意見交換を通じて判断のポイントを学んでいく。このケースではインストラクターは負傷者の一人が 「襲撃者は2人。あっちに行った」と言っていたと指摘した。しかし周囲の騒音がひどく、さらに物陰に気を取られていたためそれに気づくことができなかった。このように現実に起こりうるシチュエーションにおいて状況判断を迫られることで「何を、いつ、どのように考えればよいのか」を理解していく。
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「射撃訓練装置」というよりは「インタラクティブな研修ビデオ」と考えることもできる。 こちらのシナリオでは同僚の警官が職務質問を行っているが、この立ち位置では何かあった際に被疑者を撃つことができない。映像を通じて、適切な行動を学ぶのである。
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別の事例。故障車を装ったターゲットに近づいた同僚が撃たれたために応射した。弾痕は2発見えるが、1発はドアのフレームに当っており、もう1発はガラス越しにかすっただけのため有効弾となるかどうかは微妙である。こちらには遮るものが何もないため、致命傷を受けている可能性は高い。
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明らかに危険が迫っていなければ「射撃してよいかどうか」そのものの判断も必要になる。例えばこのシナリオでは、自動車を止めて職務質問をしようとしたところ、女性が免許証を持って出てきた。一見怪しいところはない。
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しかしここでドアのポケットにハンドガンが入っているのに瞬時に気づいた人は何人くらいいるだろうか。見逃していれば重大なことになるかもしれない(州法で自動車内での運搬は認められる場合もある)が、何に注意しておくべきか知っていれば、実際の現場でも有用である。

このケースでは、2人のトレーニーが同じ風景・同じ人間が登場するシナリオを実行した。この家の前に血まみれの住人数人がいたため突入したところ、この人物が角を右に曲がった先にある部屋に銃を向けて何事か叫んでいた。片や、この家の住民の一人で部屋の中の襲撃者に対し威嚇を行っていたのに対し、もう片方は押し入ってきた襲撃者であったが、この画像の通り見分けはつかない。「住民シナリオ」では「もうすぐ警察が来るぞ!あきらめろ!」と叫んでいたのだが襲撃者と誤認し、誤射することとなった。現実ならば大問題である。
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また「決して勝てないシナリオがある」ということを知ることも重要であるという。例えば群衆のまっただ中で乱射事件が起きた場合などである。講堂で発砲音がしたために突入するというシナリオだが、逃げ惑う群衆にまぎれて狙えず、その間に壇上の男に銃撃された。多少の被害が出ても撃つべきか、あるいは撃たずにバックアップを待つべきなのか、レビューではいろいろなアイディアが出されたが、起こってしまった以上被害をゼロにはできないシナリオがあることを知っておくことで、逆に無駄な被害を出さないこともできるようになる。
アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際


シミュレーターを使うことで状況判断能力を磨くこと、少なくとも事例について知ることはできる。そのためには経験豊富なインストラクターの存在が重要である。彼はこのレンジ付きのインストラクターだが、元地元FBI支局のSWAT隊員であり、様々な事例を踏まえて講義してくれた。
アメリカにおける警察用射撃訓練シミュレーターの実際


こうしたシミュレーターは既に日本の警察にも導入されているが、日本の犯罪統計上、射撃シミュレーターそのものにコストを投じてもその費用対効果は決して高くはならない。日常の訓練の中には映像シミュレーターにしにくい内容のものも多い。しかし高度化する犯罪に対抗するには、訓練手法や内容もまた高度化しなければならない。限られたリソースでこれを行うためには、アメリカでのシミュレーターの普及度合いやその運用方法、これを含めたトレーニング体系の構築方法論は、大きなヒントになるのではないか。

C-Tours LLC | travel agency for "Tactical Professionals"
http://c-tours.net/
Photo & report: dna_chaka


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